昭和43年11月3日  夜の御理解      テープ№43-172

                         末永静行


(途中から)
・・・をさせて頂くものが一番有り難いと思い、またはそう言うおかげを頂かなければならない事は、まあ、言うならば、四六時中が本当に神様の御守護の中なるんだなあと、本当に神様のこのようなお守りの中におかげを蒙っておるんだなと、生かされて生きておるんだなと、こうあらせられてこうあってるんだなと言う事を実感させてもらう一日でなからなければいけない、そう言うお願いを本当に持たなければいけない、ね、そこに、あの、有り難うございますと言う生活が、いう、本当の神恩報謝の生活ができるのです。
それがね、例えば自分の都合のよいことばーっかりが起きてくるというようなことじゃないです、一日の中でどう言う中にあっても良いからご守護を受けておるんだなと分からせてもらえれる信心なんだと、ね。本当に、そういう私は日にちをね、頂かせて頂いたら初めて私は御神徳を頂けれるものだとこう思う。ね。
例えば今日の私の一日なんかは、もうなんと言うよいいか、まあ、いわば、充実しきったと言うか、もう本当に一杯神様の働きを頂いておる事をひしひしどんな場合でもどこでも感じさせてもらわなければおられないと言う一日であった、ね、あの、ですから、それがね、今日、私だいたい腹が腫れて、それが、ここが痛むんです、肩のこりかららしいんですね、それで、今日は永瀬のところからの柿狩りの御案内も頂いておりましたから、せっかくあそこまで行くのですから、ちょっと少し早めに行って二行の池尻の家のお墓にお参りをしたいと思いましたね、向こうから十一時に来るというてあったけれども、十時にここをたたせてもらい、十時ちょっと過ぎに出らせてもらいました。
丁度むつやの信司さんが何時に迎えにきたらよかろうかと言うて尋ねてきてましてから、もうこのまま繁雄さんみえりゃ行ってもいいから久富先生と私と、というて私は着物を着替えにあちらへ下りて、着物を着替えて入りましたら信司さんが車を洗ってもう持ってくださいましたから、それに乗せてもらってお墓参りをさせてもらいました。
行きがけに、あの、田主丸の駅の前で、今日は何か、落し物をしたものを売るんですねね、例えば、傘とか、めがねとか財布とかたくさん落し物を売るなんかそう言う日だったらしい、丁度そこへ永瀬さんのところの前で休みになってましたからあそこで見せて頂いたんですけれども、久富先生がめがねがなくしてなかったら、一つ品物の良いがあったら買わせてもらおうと思うて、もう見せて頂いて、いろいろ、まあ、(      )ありさえすればいいと思ったんですけれども、二千円もするとがあるけれども、これはどうもおかしかったりなんかで、その八百円ちうのがあった、ちょっとごらんみてください、そしたらちょうどあるなわけなんだね、で、それをもってきなさい、そしたら繁雄さんが内もいっちょ日佐子がもう(   )するとにめがねがいるちいうけんでいっちょ買うちゃろう(                        )、二百円、私がちょうど、繁雄さんにいくらか分からんばってん持っていっとって下さいちいうてから千円もたせておりましたからね、ちょうど八百円と二百円で千円、でもパンやらなんやら買われたというてから、いうておられますが、もう、本当に自分のお金で買いよるといったような感じが致しませんですね、神様が日佐子さんに、二百円のめがねをあげようござる、八百円のめがねを久富先生にあげようござるというような感じです。それから、あちらへお墓へ参ったんですけれども、あちらでお食事を済まさせて頂いてから、非常にちょっと寒気がしたようにして、少し私達は早めでしたけれども、とにかくお寺さんのこうば屋がありますもんね、そこでいつもお茶をよばれますから、そこに行ったらお茶を出されました、それでそこでお茶でもよばれて、もう私だん帰らせてもらおうか、あの人達は、今日は総代さん方がみんな招待を受けておられました。
ですから、私共三人で帰ろうと言うておるところへ前に大型の大きな繁雄さんがもっておる大きな車が止まっております、はぁーあげんなん車はここに止めにゃん、あの人は大丈夫じゃろうかと私はいいよりましたら徳久さんが来てあるとです一人で、どういう訳きとるか私は知らんです、徳久さんがくるてなんて、それは親先生があちらへ行っちゃると言うからきたのじゃろうと思う、そんならその車でよかね、あーいいですよと言うてからそれで送ってもらって帰ってまいりました。ね。
帰ってまいりましてからそんなわけでしたからね、すぐ休ませてもらいました、で、繁雄さんにこれをよく押さえてもらえてそのまま休んだ、繁雄さんはそのままお家へ帰られた、それで、もう目が覚めたのが四時前十五分であった、四時の御祈念にちょうどでらせて頂いて。で、四時の御祈念をさせて頂いたら気分も良くなって、(       )皆が帰ってまいりました。佐田さんを始め秋永先生、始めは佐田さんが帰ってまいりました。それで、お茶でもいろいろ頂いておる内にまた少し気分が悪いですからまた少し休ませてもらった。
それから、休ませて頂いて目が覚めたのがちょうど御祈念前に丁度お風呂を頂きたいと思っておったお風呂を頂きたいという時間であり、もうそれはね、まだ厳密に言うともう神様の御都合、ご真意の中にこげん充実したその生き方があるという、もうそういう生き方の中にはね歯が痛むとかね、気分が悪いと言う事もやっぱあると言う事、ね、だから、そう言う気分が悪いとか頭が痛い中にもこのような御守護を頂いておると、それからまた久富先生から今度はゆっくりもんで頂きましたから、もう今は(     )がなくなって、今日のごたった日にですよ、ですからね、充実した有り難い一日と言うのはね、何かもう結構けだらけが続く一日と言う意味じゃないです、どう言う中にあっても神様の御守護を受けているんだなと分からせてもらうと言う事、ね、そこでならそこにはね、どう言う事が必要かと言うとね、もう楽はせんぞという気になると言う事ですよ、自分でね、自分で楽をしようなどと言うような信心じゃ駄目です、ね、と言うて、なら気分が悪か寝ちゃならんといったような厳しい事じゃないと言う事、ね、ですから、このようなところをお互いが体得いたしますとね、神様をいつも身近に頂く事ができる、ね、十分、なら楽もさせて下さりゃ、休養も取らせてくださる、ね。
今日、私、十時にから、十一時に帰ってくるというので十時から行こうとお墓参りがあるから、と言うてここにおりましたんですけれども、おってから新聞を見せて頂いたらですね、今日の四月生まれのあれにね、いわゆる、右左のできる日と言う意味の事が書いてありました、身引きの秋を観賞する一日で、今日は一日、一日充実した一日である事を願えと言うようなことが書いてある、これは願う願わんは別として、私共はもう、ははぁー思うたですね、今日一日がこう言う充実した在り方になるなぁと私は思うたんですけれどもね、もうこう言う事なんでも、もういつの場合でもですけど、今日の私が、いわば、紅葉狩りですもんね、柿、今もあの神戸寺は紅葉が紅葉してからして見事に、いわゆる、身引きを同じしたような景色を見せて頂いたんですよね、ならそれは今日一日の事を、その、もっと言うならもう言葉にいえないほどに厳密にですね、厳格に神様のそう言うご守護を私の上に下さってある一日である、ならそう言う一日は気分の良い一日と言う意味ではなくです、なら、頭が痛い事もありゃ、ね、のども肩が痛い事もあると、けれどもそこには右手があると、(               )会って頂いておかげを頂いた、ね。ですから、その、どう言う中にあっても神様のご守護を実感できれる一日でありたい、そう言う一日が充実した一日だと私思うんですよ、ね。
ですから、お互いがね、せっかく信心をさせてもらうのですから、充実した一日でありますように、ね、いつも神様を身近に感じられれる、このように神様のご守護にあるんだと、それは痛い痒いな事も中に含まれておる、ね、腹のたつような問題も含まれておる、けれども、そういう問題の中にでもです、神様がこう支えるようにしてお繰り合わせを下さってあるんだ、お守りくださってあるんだと言う事が感じられるような日々でありたい、そう言う日々がね、本当の意味での信心生活だと私はおもうんですね。
                                 どうぞ。